After Century



ルルーシュの計画した、「ゼロ・レクイエム」から百年が経過していた。
真相を知る面々は、皆現実の世界からは消えている。
どれだけ科学が進歩しようと、人の寿命は延ばすことはできても、それを永遠に継続させることは不可能だ。
「ゼロ・レクイエム」は時間の経過と共に、人々の記憶から薄れつつ、その子や孫に夢物語のように語り継がれるものとなっていた。

「これで大体揃ったな・・・」
「はい。ルルーシュ様」

「Cの世界」と呼ばれる、死後の世界では百年ぶりに再会した顔ぶれを揃えて、同窓会が開かれていた。
取り仕切っているのは、当然ルルーシュだ。
その補佐を勤めているジェレミアは、名簿のチェックに余念がない。
懐かしい顔ぶれは、皆あの頃のままの姿で、百年もの時間の経過を忘れさせてくれる。
ルルーシュの姿を見つけたかレンが駆け寄って、手を強く握りながら言葉もなくぽろぽろと涙を流している。
感無量と言ったところなのだろう。
そこにジノが割って入ってきて、カレンは途端に表情を曇らせた。

―――・・・なんだ、ジノはカレンにフラれたのか・・・。

自分がいなくなったその後のことをあまり知らないルルーシュは、心の中で笑っている。

―――そう言えば、扇とヴィレッタはどうなったのだ?

二人の姿を探して、キョロキョロと辺りを見回せば、それを見つける前に、シュナイゼルの姿がその目に飛び込んだ。
名簿のチェックの為に、一人ひとりの顔と名前をチェックしているジェレミアの手を掴んで、なにやら話しかけているようだったが、ジェレミアは酔っ払いの上司に絡まれた若手サラリーマンのように、困り果てた顔をしている。

―――まぁ、放っておいても害はないだろう・・・。

そして再び扇とヴィレッタの姿を探そうとした矢先に、会場の隅の方から口論のような罵声が聞こえてきた。
見れば、ロイドとラクシャータが、何事かで揉めているらしい。
その横では、セシルとニーナがオロオロとうろたえている。
「相変わらずだな」と、ルルーシュは苦笑を浮かべた。

「ルルーシュ」

突然声を掛けられて振り返れば、いつの間にそこに来たのか、星刻が立っていた。
その後ろに隠れるようにして、天子がルルーシュを窺っている。

「星刻か・・・そう言えば、お前・・・そこにいる蒋麗華とは結婚しなかったそうだな?」
「お前には関係ない」
「てっきりうまくやっているものだとばかり思っていたのだが・・・残念だったな。病魔が相手では文武両道のお前でも勝てなかったと言うことか」
「くッ・・・」

ルルーシュの皮肉に、星刻は悔しげに顔をゆがめた。

「そう言えば・・・お前のもう一つの病はどうした?」
「なんのことだ!?」

思いきり不機嫌そうな声の星刻の耳元に、ルルーシュは口を寄せる。

「・・・ロリコン病は治ったのかと聞いているんだ」

傍にいる天子に聞こえないように小声で囁いたルルーシュの言葉に、星刻は顔を真っ赤にして怒りを露にした。

「わ、私はそのような病気は持っていないッ!」
「嘘を吐くな・・・皆知っているぞ?」
「う、煩い!・・・それを言うなら自分の臣下のことはどうなんだ!?」
「俺の?」
「オレンジのことだ!あいつはお前がいなくなった後にアーニャとか言う小娘を囲ったと聞いていたが?」
「ああ・・・あいつは馬鹿だからいいんだ・・・」

眉毛一つ動かさず、さらりとそう言ったルルーシュの言葉に、星刻は反撃の糸口さえも見つけられないでいる。
その傍では、星刻にぴたりと寄り添った天子が、不安そうに二人の遣り取りを見つめていた。

「お前はもう少しマシな奴だと思っていたが、私の過大評価だったようだな・・・。性格が悪いのは元かららしい」
「それは、どうもありがとう」
「さ、天子様。あちらへ参りましょう。・・・こんな奴の傍にいると性格が悪いのがうつります」
「し、星刻・・・?」

これ以上ルルーシュに皮肉を言われては敵わないとばかりに、星刻は天子の手を引いてさっさと逃げ出した。
それを見送って、ルルーシュは未だシュナイゼルに捕まっているジェレミアの傍に歩み寄る。

「兄上」
「なんだね、ルルーシュ?」
「ジェレミアをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「ああ・・・それは構わないが・・・?」
「ありがとうございます」

にっこりと微笑んだルルーシュの目は笑っていない。
ジェレミアの手を取って、人気のないところまで無理矢理引っ張っていくと、いきなり頬を張りつけた。

「な、なにをなさるのですか!?」
「お前の所為で恥を掻いてしまったではないかッ!!」
「なんのこと・・・でしょうか?」
「アーニャのことだ!俺は一言もそんな話はお前から聞いていないぞ!」
「あ・・・あ、あれは・・・」

アーニャの名前がルルーシュの口から出た途端に、ジェレミアはうろたえはじめた。
ルルーシュは思いきり不機嫌な顔で、ジェレミアを睨みつけている。

「ル、ルルーシュ様は誤解をなさっています。・・・ア、アーニャは行く当てがなかったので仕方なく・・・」
「ほぉ・・・?」
「け、決して、下心があったわけでは・・・ございません・・・」
「そんな言い訳が通用するとでも思っているのか!!」

そう言って、再びジェレミアを殴りつけようとしたルルーシュの耳に、「バチン」と言う強烈な音が聞こえてきた。
人の頬を引っ叩くようなその音の方に目を向ければ、扇が膝をついて土下座している姿が目に飛び込んでくる。
その前では、ヴィレッタが腕を組んで、仁王立ちになっていた。

「ち、違う・・・誤解だ!俺は下心があってナナリー様に声を掛けたのでは・・・」
「言い訳無用!」
「ヴィ・・・ヴィレッタ・・・!許してくれ!今後一切他の女とは口を利かないから・・・」

平謝りに頭を下げている扇に、ヴィレッタの強烈な蹴りが炸裂する。
ヴィレッタにボコボコにされている扇は、完全に尻に敷かれている様だった。

「ジェレミア・・・お前、ヴィレッタと結婚しなくてよかったな・・・」
「は、はい・・・」

思わぬ場面に遭遇してしまった二人は、蒼ざめた顔を見合わせた。
扇とヴィレッタの痴話喧嘩を放置しておいて、ルルーシュとジェレミアが会場に戻ると、辺りは、あの時のことや、その後のことやらの話で、大いに盛り上がっていた。

「ジェレミア。出席者のチェックは済んだのか?」
「はい。大体は・・・」

そう言ってジェレミアが差し出した名簿を眺めながら、ルルーシュは訝しそうな顔をしている。

「・・・そう言えば、スザクはどうした?」

名簿の中の「枢木スザク」の欄だけが、空白になっていた。

「枢木はまだ来ていないようですが・・・?」
「時間だけはきっちりと守る奴が遅れるとは・・・珍しいな?なにかあったのか?」
「・・・さぁ?」

ジェレミアも首を捻っている。
ルルーシュはスザクのその後をまったく知らない。
ジェレミアはある程度のところまでは知っていたが、スザクより先に「Cの世界」に来てしまったので、その後のことまではわからないようだった。
仕方なく、ゼロに深く関わりがあっただろう黒の騎士団の元メンバーに聞いてみたが、スザクの名前を出すと、

「枢木、か・・・」

遠い目をしながら、皆一様に口を噤んでしまう。

「一体なにがあったのだ?」

首をかしげているルルーシュの顔を、妹のナナリーが困ったような瞳で見上げている。

「あ、あの・・・お兄様・・・」
「ナナリー、お前は何か知っているのか?」
「いえ、あの・・・その・・・・」

言い出しにくそうにしているナナリーに気づき、その場にいた殆どの人間が顔を俯けた。
それまで、会場に溢れていた騒音は掻き消え、辺りはしんと静まり返っている。

「スザクさんは多分・・・まだこちらの世界にはきていらっしゃらないのではないかと・・・」
「・・・ば、馬鹿な。あれから百年が経っているんだぞ?スザクがまだ生きているとしたら118歳だ!」

人間の寿命としては長寿ではあるが、生存の可能性がないわけでもない。
しかし、

「私が最後にスザクさんにお目にかかったのは大分前のことですが、確か・・・ICUにお入りになっていて、会話もままならない状態でした・・・」
「そ、それならとっくにくたばっているはずではないか・・・?」
「・・・お兄様は大事なことを忘れてはいませんか?」
「大事な・・・こと?」
「あ、あの・・・ギアスを・・・スザクさんにおかけになられたと、聞きましたが・・・」

言われて、ルルーシュはスザクに「生きろ」と言うギアスを掛けたことを思い出した。
それは「死ねない」呪いのギアスだ。
しかも「不死」ではあっても「不老」ではない。
だから、老いは確実にスザクの身体を蝕んでいるはずだ。
ギアスの能力を無効にするキャンセラーを持っているジェレミアは、すでにここにいる。
「Cの世界」から、現世には干渉することができないのだから、どうしようもない。

「・・・そうだ!C.C.はどうした?あいつならなんとかできるのでは・・・?」
「残念ながら、C.C.は行方不明です」
「肝心な時にいないとは・・・役に立たない奴だ!」

その場にいた誰もが、例え今ここにC.C.がいたとしても、なんとかなるとは思ってはいなかった。
しかし、ルルーシュはC.C.の持っている、「不老不死」のコードに望みをかけていたのだ。

「ルルーシュ。私のコードを当てにしているのなら、それは間違いだぞ・・・」
「C.C.・・・!?」

突然聞こえてきた懐かしい声に驚いて顔を上げれば、いつの間にかC.C.がそこにいた。

「いつから・・・」
「今私の悪口を言っただろう?」
「じ、地獄耳・・・」
「ふん!折角来てやったのに・・・随分な持て成しのされようだな・・・」
「い、いや・・・今はそんなことより・・・お前の不老不死のコードをスザクに・・・」
「だから、それはできない」
「なぜだ?」
「忘れたのか?コードはある一定以上のギアスの能力を持つものにしか継承はできないということを」
「あ・・・」
「それに、もしもコードを譲ったとしても、118歳のよぼよぼの爺が不老不死になってどうする?今と現状はあまり変わらないではないか」

・・・ということはつまり、

「スザクは永遠にICUか・・・」